オリンピック選手を育んだ八重山の環境
沖縄県那覇市の税理士、渡嘉敷です。
八重山自転車競技連盟の結成30周年記念祝賀会に出席してきました。
以前、石垣で勤務していたご縁で親しくさせていただいてます。
▼左-幸也選手のお父さん 右-新城幸也選手
昭和61年(1986年)に「八重山アマチュア自転車競技連盟」として発足して以来、数々の活動を行ってきた歴史のある団体です。八重山の自転車競技だけでなく、石垣島トライアスロンやツール・ド・おきなわの開催にも大きく貢献してきました。
発足当初よりジュニアの育成に力を入れてきており、その結果としてオリンピックに出場した新城幸也選手をはじめ、プロ選手として新城雄大選手、新城銀次選手を育ててきました。
新城幸也選手といえば自転車好きには説明する必要もないくらい有名な選手ですね。日本選手権に優勝し、オリンピックには2回出場、そして自転車競技の最高峰であるツール・ド・フランスを6回完走するという快挙を成し遂げています。
小さな石垣島の限られた競技人口の中から、なぜこれほどの選手が育つのか?
私なりの考えですが、環境、指導者、モチベーションの3つがうまく調和した結果ではないかと思ってます。
環境は市街地を抜ければほとんど車が走っていない道、100km以上信号なしのルートも作れます。大きな山はありませんがジュニアの育成環境としてはそれほどデメリットにはならないようです。
指導者としては新城幸也選手のお父さんが有名ですが、その他にも何人かの指導者がいて適切なアドバイスをしてくれます。
こういう環境ですが、選手は幼いころから自転車競技を目指していたわけではなくて、いろいろなスポーツに挑戦して親しんでいたようです。サッカーや野球、陸上競技などいろいろなスポーツ団体があって、それぞれジュニアの育成に力をいれています。
他種目のスポーツに挑戦することに抵抗がなく、指導者も充実しているのでジュニア選手のモチベーションを途切れさせることなく育てていけるのではないか?と思いました。
さて、3人の新城選手ですが、幸也選手は東京オリンピック、雄大選手はヨーロッパでの実績作り、銀次選手はヨーロッパ行きという、それぞれの目標を掲げて頑張っています。
そして先輩3選手を目指して頑張っているジュニア選手もいますので、私も微力ながら応援していこうと思っています。